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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)142号 判決 1987年11月24日

原告

後藤雄一

原告

大庭正明

被告

大場啓二

右訴訟代理人弁護士

山下一雄

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

1  被告は、東京都世田谷区に対し、金一五九四万五八二二円及びこれに対する昭和六〇年七月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 本件訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案に対する答弁)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、東京都世田谷区(以下「世田谷区」という。)の住民であり、被告は同区長の職にあるものである。

2  本件退職手当の支給

被告は、世田谷区長として、昭和六〇年四月二〇日世田谷区職員桜井正己を諭旨退職とし、同年七月一七日同区職員の退職手当に関する条例八条に基づき同人に対し退職手当一五九四万五八二二円を支給した。

3  本件退職手当支給の違法性

本件退職手当の支給は、その前提となる本件諭旨退職が、以下のとおり無効又は違法なものであるから、違法である。

(一) 懲戒免職処分に付さなかったことの違法性

(1) 世田谷区総務部経理課主査の職にあった桜井は、昭和五六年四月から三年間、道路、下水道工事など同区発注の土木工事の検査を担当していたが、工事現場に行く度に業者から五〇〇〇円ないし二万円を受け取り、また、商品券や仕立券付き高級服地(約一〇万円相当)など合計五〇万円相当にのぼるとみられる金品を贈られて、検査に手心を加えていたとの容疑で書類送検され、起訴猶予処分となった。

右容疑のとおり、桜井は、数年にわたり、合計額五〇万円を超える金品を受け取ったものであり、しかも、桜井と贈賄業者は同じ宗教団体に加入していた。

(2) 桜井は収賄の事実を認めている。

(3) 昭和五三年、世田谷区で汚職事件(いわゆる笠原事件)が起こったことから、同区は「綱紀粛正本部」を設けて汚職に対して厳しい態度で望み、綱紀粛正の通達を被告は職員に常時徹底させていた。

(4) 桜井は、昭和五四年に建設業者との癒着、贈収賄の容疑で警視庁に呼ばれ、取り調べを受けたことがあり、賄賂の重大性は人一倍認識していたはずである。

また、桜井の処分について審査した世田谷区職員分限懲戒審査委員会のメンバーのうち、委員長である被告、前記綱紀粛正本部長であった増村荘太郎助役、桜井と昭和五四年の事件の際、警察に同行した津吹金一郎総務課長などは、桜井が一度取り調べを受けたことがある要注意人物であったことを承知していたはずである。

(5) 汚職をした職員に一五九四万五八二二円もの退職金を支給することなど、民間では考えられない。

(6) 汚職に対しては懲戒処分が相当であり、特に収賄は公務員の典型的な非行で本質的に懲戒事由に該当する。そして、右のとおり、本件においては綱紀粛正本部まで設けられている中での再犯に近い事件である以上、懲戒免職が相当である。しかるに、被告は桜井を依願退職ともいうべき諭旨退職としたもので、被告の右判断は、本件各事情のもとでは、地方公務員法第二八条、二九条の規定内容並びに社会通念に照らし、合理性を有するものとして許容される限度を超えた不当なものであり、よって、本件諭旨退職は、裁量権の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用した違法、無効なものである。

(二) 事実調査方法の不当性

被告は、桜井の非行の事実の認定にあたり、収賄した金額、回数及び期間、桜井と業者との関係等に関する赤旗日曜版等の新聞報道を考慮に入れず、本人の言葉を信用し、また、贈賄側の業者に対し、事情聴取をすることなく、電話で桜井の供述内容を確認しただけであった。

右調査、事実認定方法は著しく合理性を欠き、社会通念に反するものであって、このような調査、事実認定に基づく本件諭旨退職は、裁量権の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用した違法、無効なものである。

(三) 他事考慮

桜井に諭旨退職が発令されたのが昭和六〇年四月二〇日、退職金額がきまったのが同年七月九日であって、昭和六〇年七月七日には都議会議員選挙が行われている。

本件諭旨退職は、処分の本来の目的に違背し、右選挙との関係で、桜井が幹部として属する団体の政治力という本来考慮すべきでない事情を考慮してなされたものであり、したがって、本件諭旨退職は、裁量権の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用した違法、無効なものである。

(四) 手続上の瑕疵

世田谷区は、昭和六〇年三月二九日、桜井の処分について、世田谷区職員分限懲戒審査委員会に諮問し、同月三〇日、同委員会は、区に対し、処分の可否としては懲戒処分が適当であり、その程度としては、諭旨退職又は停職が相当である旨を答申した。

しかし、同委員会規程二条においては、同委員会は、地方公務員法二八条に基づく職員の意に反する免職、休職、降任及び降給の処分及び同法二九条に基づく懲戒処分について区長の諮問に応じ、審査答申すると規程されている。したがって、右に規定されていない諭旨退職という答申は無効であり、右答申に基づく本件諭旨退職処分も無効である。

(五) 地方公務員法違反

仮に諭旨退職が慣習上認められた処分であるとしても、本件諭旨退職は、桜井が辞職願を出さないときは、場合によっては懲戒免職措置をとるとの方針でなされたもので、桜井はいずれにしても辞めさせられるという極めて異常ともいえる離職方法である。地方公務員は、地方公務員法二七条により法律上身分を保障されている。すなわち、離職方法には、失職及び退職があり、退職には免職及び辞職がある。辞職とは職員の意に基づき退職をすることである。諭旨の退職願でなければ場合によっては懲戒免職というのでは、桜井の意思に基づいた退職とはとうてい言えないから、地方公務員法二七条に違反する。

4  被告は本件退職手当の支給により、世田谷区に対し同手当相当額、一五九四万五八二二円の損害を与えた。

5  原告らは、本件退職手当の支給は違法な公金の支出であるとして、原告後藤は昭和六〇年七月五日、原告大庭は同年八月二一日、世田谷区監査委員会に地方自治法二四二条に基づき監査請求をし、同委員会から昭和六〇年九月二日付けをもって右請求は容認できない旨の監査結果の通知を受けたが、同監査結果には不服がある。

6  よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、世田谷区に代位して被告に対し、本件退職手当支給により同区が被った前記損害に対する損害金一五九四万五八二二円及びこれに対する昭和六〇年七月一七日から支払ずみまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

世田谷区職員の退職手当に関する条例(昭和三一年条例四四号)八条によれば、職員が諭旨退職となった場合の退職手当につき、任命権者は、その非違の程度に応じ、普通退職の際に支給されるべき退職手当の額からその一部を減額するか又は全く退職手当を支給しないかを決定することとされている。

桜井の退職手当の額は、被告が同人を諭旨退職としたことにより当然に決定されたものではなく、諭旨退職後において、被告が右条例八条に基づき、退職手当を全く支給しないことをも含めて検討した結果、同手当の支給及びその額を決定したことによるものである。

原告らは、本件公金支出の違法事由として、本件諭旨退職の違法を主張しているが、諭旨退職は、それ自体財務会計上の行為に該当せず、また、右のとおり、諭旨退職がなされれば当然に所定の退職手当が支給されるというものではなく、むしろ全く支給されないこともあり得るのであるから、桜井に対する本件退職手当支給の直接の原因をなすものでもない。よって、右違法を根拠に本件退職手当の支給につき住民訴訟を提起することは許されないというべきであり、本件訴えは住民訴訟の要件を欠き不適法である。

三  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3について

(一)(1) 同3(一)(1)の事実のうち桜井が書類送検され、起訴猶予処分となったことは認めるが、その余の事実は不知。

なお、桜井の容疑事実として、新聞に原告らが主張するような内容の報道がなされたことはある。

(2) 同3(一)(2)の事実は認める。

(3) 同3(一)(4)前段の事実のうち、桜井が昭和五四年収賄の容疑で取り調べを受けたとの事実及び同後段の事実は否認する。

(4) 同3(一)(6)の主張は争う。

(二) 同3(二)後段の主張は争う。

(三) 同3(三)前段の事実は認めるが、同後段の事実は否認する。同後段の主張は争う。

(四) 同3(四)前段の事実及び世田谷区職員分限懲戒審査委員会規程二条の規定内容は認める。

同3(四)後段の主張は争う。右委員会は、区長から諮問があった場合、懲戒処分が相当でないと認められる事案についても審査答申するのであって、懲戒処分を否と判断したときは、地方公務員法二九条に定める懲戒そのものではなく、懲戒に関連する内容(例えば「訓告」相当)の答申をしても違法となるものではないうえ、そもそも世田谷区長は、右委員会の答申に法律上拘束されるものではないから、原告らの主張は失当である。

(五) 同3(五)の主張は争う。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実は認める。

四  被告の本案に対する主張

1  職員に懲戒事由の存する場合、任命権者が懲戒処分を行うか否かは、任命権者の広い裁量に委ねられており、懲戒処分を行わないことが裁量権の範囲の逸脱ないし濫用と認められない限り違法とはならないと解すべきである。

2  諭旨退職(非違による勧奨退職)は、職員本人の退職願に基づき退職するものであるから、本人の意思に反して行われる懲戒処分ではないが、職員に一定の非行があった場合において、今後公務に就かせることは適当ではないと認められる一方、非行の内容、程度、その他の事情から情状酌量の余地があり、免職が酷に過ぎると認められるときに退職を勧奨し、公務から排除するものであることからして、実質的には懲戒処分と密接な関連を有するものであり、各地方公共団体において採用されている制度である。

3  被告が桜井を懲戒免職にせず諭旨退職とした経緯は次のとおりであり、本件諭旨退職には裁量権の範囲の逸脱ないし濫用はない。

(一) 世田谷区は、昭和六〇年一月ころ桜井が総務部経理課検査主任在任中の職務に関する収賄容疑につき捜査を受けていることを知り、同人から事情を聴取したところ、同人は、海外出張の際業者から餞別金として一〇万円を受領したことはあるがそれ以外にはないと主張し、この点を業者に確認したところ、同様の回答を得た。

(二) そこで、被告は、同人の処分につき世田谷区職員分限懲戒審査委員会に諮問したところ、同委員会は、

(1) 餞別金を受領したことは、遺憾であるが、金額が一〇万円であったこと

(2) 任意捜査で終始し、強制捜査を受けたことはなかったこと

(3) 桜井の三六年余の間の勤務実績は極めて良好で、一貫して土木行政事務を担当してきたが、土木技術に顕著な業績があったという理由で昭和五三年ころ区長から個人特別表彰を受けたことがあること

以上の各事実を総合し、さらには東京都等他の地方公共団体の処分事例を参考にして審査した結果、諭旨退職又は停職が相当であるとの結論に達し、被告に対しその旨を答申した。

(三) 被告は、右委員会の答申及び答申に至る経過を検討した結果、前記(二)(1)~(3)の事情からすれば、桜井を懲戒免職にすることは酷であるが、今後公務に就かせることは適当でないので停職では不十分と認め、諭旨退職とすることが最も妥当であると判断した。

そこで、桜井に対し退職を勧奨したところ、同人はこれに応じて昭和六〇年四月一五日付けで進退伺を提出したので、同月二〇日同人を諭旨退職とした。

五  被告の主張に対する認否、反論

1(ママ) 被告の主張3について

(一)  同3(一)の事実のうち、世田谷区が桜井らから事情を聴取したことは不知。

(二)  同3(二)の事実のうち、被告が桜井の処分につき世田谷区職員分限懲戒審査委員会に諮問したこと及び同委員会の答申内容は認める。

(三)  同3(三)前段の事実は否認する。同後段の事実のうち、桜井が進退伺を提出したこと及び被告が諭旨退職としたことは認めるが、右進退伺の提出が被告の勧奨に応じたものであることは不知。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1、2及び5の各事実は、当事者間に争いがない。

二  被告の本案前の主張について

被告は、本件諭旨退職が、それ自体財務会計上の行為に該当せず、また、本件退職手当支給の直接の原因をなすものでもないから、その違法を根拠に本件退職手当の支給につき住民訴訟を提起することは許されないと主張する。

しかし、原告らは財務会計上の行為である本件退職手当の支給を違法と主張して本訴を提起し、その違法性の根拠として本件諭旨退職の違法性を主張しているのであるから、本訴は財務会計上の行為を対象とするものというべきであり、また、本件諭旨退職が本件退職手当支給の直接の原因をなすものであるか否かは、本件退職手当の支給の違法性にかかる本案の論点であるから、本訴を住民訴訟として不適法とする被告の主張は理由がない。

三  本件諭旨退職の違法性と本件退職手当支給の違法性

地方自治法二四二条の二第四項前段の住民訴訟において、地方公共団体の執行機関又は職員がした財務会計上の行為とその執行機関又は職員がした当該財務会計上の行為の原因となる行為との間に後者が前者の直接の原因をなすということができるような一体的な関係がある場合には、当該原因となる行為が違法であれば、当該財務会計上の行為も当然に違法となるものというべきである。

本件についてこれをみると、世田谷区職員の退職手当に関する条例において、諭旨退職の場合の退職手当につき、任命権者は、当該職員の非違の程度に応じて、全く退職手当を支給しないか、それとも普通退職の際に支給されるべき退職手当の額からその一部を減額して支給するかを決定することとされていて、諭旨退職となった場合に必然的に退職手当が支給されることとされてはいないのは、被告の主張するとおりである。しかしながら、本件諭旨退職及び本件退職手当の支給がいずれも被告によって実施されたものであること、同条例上、諭旨退職が行われれば当然に退職手当の支給又は不支給の決定を要することとなること、また、諭旨退職が、職員に一定の非行があった場合において、今後公務に就かせることは適当ではないが、当該事案の諸事情から懲戒免職に付することが酷に過ぎると認められるときに採用される解職方法であって、同条例上、懲戒免職の場合には退職手当が支給されないが、諭旨退職の場合には退職手当を支給することができることとされているため、退職手当支給の当否は、任免権者が懲戒免職とするかそれとも諭旨退職にとどめるかを判断する際に当然に考慮すべき重要な要素となると考えられることからすれば、懲戒免職ではなく諭旨退職とされた結果、退職手当が支給されることとなった本件においては、本件諭旨退職は、本件退職手当支給の直接の原因をなすこれと一体的な関係にあるものというべきである。

よって、本件諭旨退職が違法であれば、本件退職手当の支給も違法となるものと解するのが相当である。

四  本件諭旨退職の違法性について

(一)  請求原因3(一)の主張(懲戒免職処分に付さなかったことの違法性)について

原告らは、請求原因3(一)の本件各事情からすれば、桜井は懲戒免職処分に付されるべきであったから、懲戒免職に付すことなく行った本件諭旨退職は違法である旨を主張する。

しかし、原告らの主張する桜井の非行の内容について検討すると、桜井が被告の本案に対する主張3(一)の海外出張の際に業者から餞別金として一〇万円を受領した事実は、(人証略)によりこれを認めることができるが、その余の非行があったことについては、新聞に桜井の被疑事実として原告らが主張するような内容の報道がなされたことが(証拠略)により認められ、同事実からすれば、桜井が原告ら主張のような嫌疑のもとに捜査当局の取り調べを受けていたことを推測することができるものの、これのみをもって、桜井が右嫌疑にかかる非行を現実に行ったことを推認することはできず、他にその余の非行があったことを認めるに足りる証拠はない。

また、原告らは、桜井は、昭和五四年に建設業者との癒着、贈収賄の容疑で警視庁に呼ばれ、取り調べを受けたことがあり、本件は「再犯に近い」事件である旨を主張するが、(証拠略)によれば、昭和六〇年五月五日付け赤旗日曜版に、昭和五四、S(桜井を指すものと推認できる。)は建設業者との癒着、贈収賄の容疑で警視庁に呼ばれたが、もう一人の容疑者である役人が自殺して捜査は打ち切りとなったとの当時の事件関係者の供述を記載した記事が掲載されていることが認められるが、右供述内容が真実であったとしても、同供述からは、桜井が収賄の嫌疑を受けたことを認めることができるにとどまり、これによって現実に収賄を行っていたことを認めることは到底できないから、本件において右事実を理由に桜井の処遇を決定することはできないものというべきである(なお、犯罪行為の嫌疑を受けたこと自体をもって懲戒処分の理由となしえないことは論をまたない。)。

他方、(人証略)によれば、桜井は、勤続三〇年余に及ぶこと、勤務成績が良いとの評価を得ていたこと、道路の透水性舗装技術の改良に関し、区の土木技術に顕著な業績をあげたということで世田谷区長から個人特別表彰を受けていること、本件が、強制捜査でなく任意捜査に終始していることが認められ、被告は、桜井の非行の内容等にこれらの事実を併せて考慮したうえ、桜井を諭旨退職とすることを決定したことが認められる。

以上によれば、前記の桜井の収賄事実が地方公務員法二九条一項所定の懲戒事由に該当することは明らかであるが、桜井を懲戒処分に付するにつき宥恕すべき事情も存在することが認められるから、職員に懲戒事由が存する場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分をするときにいかなる処分を選ぶかは任命権者の裁量に委ねられていること(最高裁昭和四七年(行ツ)第五二号、昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)に鑑みると、原告らが請求原因3(一)において主張する本件各事情(ただし、同(1)、(4)については前記認定部分に反する部分を除く。)のみをもっては、被告が桜井を懲戒免職処分に付さなかったことが違法であると認めることは困難であるといわざるを得ない。

よって、原告らの請求原因3(一)の主張は理由がない。

(二)  請求原因3(二)の主張(事実調査の方法の不当性)について

原告らは、被告は桜井の非行の事実の認定にあたり、新聞報道を考慮に入れず、同人の言葉を信用し、また、贈賄の側の業者に対し、事情聴取をすることなく、電話で桜井の供述内容を確認しただけであって、このような調査、事実認定方法は著しく合理性を欠き、したがって、これに基づく本件諭旨退職は違法、無効なものである旨を主張する。

しかし、(人証略)によれば、被告は桜井からの面接による事情聴取及び贈賄業者からの電話による事情聴取の結果に基づいて桜井の非行に関する事実を認定したものであることが認められるが、任命権者は、社会通念上相当と認められる調査方法によって認定した事実関係を根拠として非行があった職員の処遇を決定することができるものであり、いかなる方法により事実関係を調査するかについて合理的裁量権を有するものと解されるところ、被告が本件においてした右調査、事実認定方法は社会通念に照らして相当性を欠くものということができず、仮に原告ら主張の事実が認められたとしても、そのために右調査、事実認定が違法となることはないものというべきである。

よって、原告らの右主張は理由がない。

(三)  請求原因3(三)の主張(他事考慮)について

請求原因3(三)前段の事実は当事者間に争いがないが、同事実のみから、原告らが主張する本件諭旨退職が桜井が幹部として属する団体の政治力を考慮してなされたとの事実を推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、原告らの請求原因3(三)の主張は理由がない。

(四)  請求原因3(四)の主張(手続上の瑕疵)について

請求原因3(四)前段の事実及び世田谷区職員分限懲戒審査委員会規定二条の規定内容については、当事者間に争いがない。

原告らは、世田谷区職員分限懲戒審査委員会による諭旨退職という答申は、世田谷区職員分限懲戒審査委員会規程二条に規定されていない答申内容であるから無効であり、右答申に基づく本件諭旨退職も無効である旨を主張する。

世田谷区職員分限懲戒審査委員会規程が、明文上、諭旨退職を同委員会の答申内容として規程していないことは、原告らの主張するとおりである。しかしながら、前記のとおり、諭旨退職が、職員に非行があった場合に懲戒処分に代わる措置として検討されるものであって、その意思に基づくとはいえ職員の身分の喪失という重大な効果を有するものであることに鑑みると、右委員会の場における慎重な討議のもとで、諭旨退職を当該職員に対する措置の一つとして検討してその答申内容とすることは、職員に対する分限および懲戒に関する処分の実施について適正を期するという右委員会の設置目的(右規程一条)に反するものではなく、むしろ、右設置目的に沿うものであって、職員の身分保障を徹底する見地からみても合理的な運用であるというべきであり、右委員会が桜井に対する措置につき前記答申をしたことは、何ら違法ではないというべきである。

よって、原告らの請求原因3(四)の主張は理由がない。

(五)  請求原因3(五)の主張(地方公務員法違反)について

(証拠略)によれば、桜井は前記非行を認めたうえ、退職の勧奨に任意に応じて被告あてに進退伺を提出し、被告はこれに基づいて同人を退職させたことが認められ、右認定に反する証拠はない。よって、本件諭旨退職は、桜井の自由な意思に基づくものと認められるから、地方公務員法二七条に違反するものということができず、原告らの右主張は理由がない。

五  以上によれば、本件諭旨退職に違法があったものとは認められず、したがって、本件退職手当の支給が違法であったものと認めることはできない。

六  よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達德 裁判官 山﨑恒 裁判官 中山顕裕)

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